片思い



 明けましておめでとう。
 
 日付が変わると同時に送ったメール。
 
 貴方はどんな顔をして受けとりましたか





 A Happy New Year



 私には、片思い中の相手が居る。

 その人は、中学卒業と同時にイタリアへ留学してしまった。

 それも、沢山の人と一緒に。

 
 別に、私はその彼と特に仲が良かったわけでも、家が近かったわけでもない。
 

 そう、彼は私のことを良く知らない。

 と、言うか眼中になかったのだと思う。

 だって私はそんなに目立つタイプではないから。



 それでも、私はめげなかった。

 対して喋っても居ないのに、彼らの見送りに行き、彼らの背中を見えなくなるまでずっと見ていた。

 (そのとき、沢山の人が見送りに来ていたから、やっぱり私は対して目立たなかった)

 彼が、私に気付いた様子は無い。


 友達には「諦めなさい」と、何度も言われ続けた。

 でも、私には諦めるなんて選択肢、端から存在していない。


 かなわない恋だって知りつつも、私は思い続けている。思い続けていた。





 5年ぶりの同窓会。

 彼の姿は、無かった。


 そのとき、私はどれだけ落胆しただろう。

 彼らしき姿が目の端をチラ付くたびに、私は過剰に反応を示した。

 けれど、確かめてみるとそれは彼ではない。






 そして、それから5年後の同窓会。

 中学を卒業してから10年たっていた。

 
 その同窓会の日程は、なぜか1月31日。

 不思議に思ったものの、私のクラスは当時変わり者が多かった。

 だから、あまり気にすることなく、私は出席した。



 

 
 そのとき、私は考えていた。

 もしも、この同窓会で彼が来ていなかったら、私は10年以上想い続けたこの片思いを諦めようと。

 もしも、逆に彼が来ていたら・・・諦めずに、最後のチャンスと思ってメールしようと。




 

 果たして、皮肉にも彼は出席していた。

 私は、意を決して話しかける。


 10年ぶりの会話だ。


 「ひ、久しぶり」

 「え?」


 彼が、飲み物を取りに1人で席を立ったのを見計らって、私は背後から声をかけた。

 真正面から、面と向って声を掛けられる自信がなかったから。



 私が話しかけると、彼は振り向いて驚いたような顔をした。


 (あぁ、やっぱり覚えられていなかったんだ)



 想定していた事とはいえ、少なからずショックを受ける。



 「あ・・・えっと・・・さん?」

 不安そうに私の瞳を覗き込みながら、彼は確かめるように私の苗字を、その形のいい唇で呼んだ。

 
 (覚えていて、くれた?)


 「うん・・・うん。そう、です。覚えていてくれたんだ」

 思わず笑みが広がった私をみて、彼は安堵した。

 「よかった。さん、すっかり変わっちゃってたから・・・」


 あの、私が大好きだった優しい微笑みを浮かべる。


 「私なんて全然変わってないよ。変わったのは・・・沢田君のほうだよ?随分と、格好よくなってた」


 キシャな身体で、ほっそりした手足をしてるけど、背は伸び、髪も些か伸びていて、なによりかわったのが、雰囲気だった。

 昔は、本当に守ってあげたくなるようなカンジだったのに、今では・・・


 すごく、頼りになるような・・・とにかく、大きくて包容力のあるかんじだ。

 でも、優しい雰囲気は変わってない。

 

 「そんな、オレなんて・・・」

 照れたような仕草をする沢田君。

 その仕草も懐かしい。

 あぁ、私は本当にこの人が好きだな。



 「さんは、随分と綺麗になったよね。あ、前も十分綺麗だったんだけどさ!なんてゆーか・・・大人っぽくなったっていうか・・・」

 「えっ!」

 
 私の知っている沢田くんは、こんなにいとも簡単にお世辞を言える人だった?

 歳月とは恐ろしいものだと、改めて私は実感した。


 けれど、あまりに唐突だったから、私は頬を赤くしてしまった。

 (好きな人に綺麗だとか大人っぽくなったとか言われれば、誰だってこうなるよ!)



 「あ、えっと・・・さ、沢田君ってイタリアに留学してたんだよね?どうだった?」

 「ん、あぁ。大変だった・・・かな」

 「へぇ・・・イタリア語とか難しそうだもんね。私には無理だなぁ」

 「ははっ。さんなら大丈夫だよ。」

 「ん〜、多分無理だね。途中で投げ出すもん」

 「あ〜、オレも途中で投げ出してたなぁ」

 「え、じゃぁどうやって生活してたの?!」

 「あ〜・・・たぶん、耳で慣れたんだと思う。ほら、向こうイタリア語しか喋らないから」

 「なるほど」

 「それでさ・・・さんは、彼氏とかいるの?」

 「ま、まさか!!」

 「え、絶対いると思ったのに!!」

 「なんで沢田君が驚くのよ」

 「だって、さん綺麗だから、彼氏の1人や2人居そうだと・・・」

 「2人はダメでしょ。てゆーか、何で沢田くんはそう、恥ずかしがらずにそんなお世辞が言えるのかな!」



 二人で喋って、笑いあって、なんだか夢みたいだった。

 こんな風に沢田君としゃべるのが夢だったから。




 だけど、夢はいつか冷めてしまう。



 「じゅ・・・沢田さ〜〜〜ん!」

 「ツナっ!もうそろそろ・・・」


 
 向こうの方からかけてくるのは、沢田君が中学のころから仲が良かった山本君と獄寺君。

 この二人も、沢田くんと一緒にイタリアへ留学していた。


 「あ、うん。わかった!」

 向こうの二人に声をかけ、沢田君は、ふと私に向き直った。


 「さん、コレ、オレのメールアドレス。いつでもいいからメールして?あ、よかったら。だけど」

 はにかみながら、沢田君は私に四つ折にされた一枚のメモ用紙を渡してきた。

 私はそれを受け取って、笑顔で頷く。

 「わかった。」

 沢田君はそれを確認してから、嬉しそうに山本君たちの所へ走っていった。


 きっと、もう帰ってしまうんだろうな。


 ぽけっとしたまま私は、あの時のように彼らの背を見ていた。



 彼らが帰った後、私は夢から覚めたような気分になり、友達に一言言ってから帰宅した。





 ベッドに鞄と身を放り投げ、しばらく目を瞑る。



 きっと、あれは夢だったんだ。
 
 私が、あんなに沢田君と話せるはずが無い。

 沢田君に、綺麗などとお世辞を言ってもらえるはずが無い。




 「・・・よしっ」

 むくっと起き上がり、私は動きやすい格好に着替え、鞄の中を整理しなおした。


 “かさっ”

 出てきたメモ用紙に、私はしばらく呆ける。

 夢・・・じゃ、ないの?



 恐る恐紙を開く。

 そこには、見覚えのある字でメールアドレスと電話番号が書かれていた。

 その下には“沢田”の文字。



 「いつでもいいからメールして?」

 彼の言葉が頭に蘇る。




 はっとして時計を見た。


 11:56

 私の部屋にあるデジタル時計は、そう指していた。



 私は急いでケータイを取り出す。

 沢田君のアドレスを入れて、件名を【こんばんは】にする。



 と、そこで手が止まった。

 何を打とうか。



 ケータイの画面が、時刻を写す。



 11:58


 

 なんて打てばいい?


 11:59 



 ・・・よし。




 できるだけ早く打って、送信ボタンを押した。



 画面が切り替わって、【送信しています】の文字。

 【送信されました】



 ほっと一息ついた。


 送れた・・・




 私が送ったのは日付が変わるのと同時。

 イチバン回線が混乱しているときに送れたのは、本当に幸運だった。














 



 明けましてオメデトウの文字と好きですの文字
 (何で告白なんてしたんだろう・・・あ、今更になって後悔した)